1993年〜2002年
1994年
WBSの吉田幸二らが霞ヶ浦でクリーンアップ運動を開始(現在の「53PickUp!」。この運動が全国に広がり、8年目の2002年8月で20地区以上が開催予定)
1995年
●日光中禅寺湖でスモール確認。漁協が駆除に乗り出し、マスコミを巻き込んで大騒動になる。バス害魚論急過熱
●10月、生物多様性国家戦略が政府(地球環境保全に関する関係閣僚会議)によって決定された
1996年
●糸井重里、木村拓哉などの芸能界やゲーム、マスコミを巻き込んだ空前のバスブーム。
●この年の「バスの祭典」(河口湖で行われたJBクラシックと同時開催)で1日2万人以上のバサ−がつめかけた
同時にこの頃からバス釣り業界への本格的な批判も始まる
●この時期までスモールマウスバスは5府県10ケ所で確認
●池原ダムで60モンスター、フロリダバスによる巨大バスブーム
●故赤星鉄馬氏の遺稿をまとめた「ブラックバッス」(イーハトーヴ出版、福原毅編)が刊行
1997年
●「内水面外来魚密放流防止体制推進事業」(水産庁)
●JB・NBC、密放流した者は除名とすると宣言
●茨城県北浦ドッグが鉄条網で次々と閉鎖。バサ−のマナー問題が各地で顕在化
●バス害魚論に対し、初めてバサ−が世に問う書「僕がバス釣りに行く理由」(福原毅著、講談社)が刊行
1998年
スモールマウスバスの分布8都府県に拡大。密放流の問題さらに過熱
1999年
●滋賀県、年間5500万円の予算を新たに投じ、外来魚駆除(特にブルーギル)を本格化、駆除、回収、魚粉化などのルートを構築
●5月、高知県四万十川で駆除を前提としたバス釣り大会実施
●中井克樹(琵琶湖博物館主任研究員、理学博士)論文「バス釣りブームがもたらすわが国の淡水生態系の危機」(淡水生物の保全生態学)発表 
●9月、「ブラックバスがメダカを食う」(生物多様性研究会・秋月岩魚著、宝島新書)刊行。バス問題が本格的に社会問題化する
●9月28日、茨城県内水試、霞ヶ浦(桜川)でスモール初確認
●公共広告機構「バスSTOPキャンペーン」(東北エリアで展開)
●12月、滋賀県漁連と滋賀県水産課に熱血ブラックバスフィッシャーマンと名乗る者からバス駆除をやめないと「バスの放流を続ける」「網を切る」などの脅迫状が届く
●水産庁および全国内水面漁協連合が外来魚の密放流について法制度を点検、「被疑者不詳」でも刑事告発する方針を確認
●スモールマウスバスを密放流された群馬県の奥利根湖を管轄する利根漁協が沼田署に被疑者不詳で被害届を出すと同時に駆除を開始
●12月28日、新潟県が釣った外来魚(ラ−ジ、コクチバス、ブルーギルなど)のリリース禁止に踏み切る。違反者は1年以内の懲役もしくは50万円以下の罰金。コクチバスのみの再放流禁止はあったが(山梨県)、ラ−ジ、ブルーギルにまで適用したのは全国初
●スモールマウスバス19都県46水域に拡大(全国内水面漁業協同組合連合会調べ)
2000年
●1月、財団法人日本釣振興会「釣り人宣言」を発表、私たちはバスの密放流をしませんと宣言。
●3月1日、神奈川県芦ノ湖漁協ではバスフィッシングで用いるワーム(軟質プラスチック製ルアー)の使用を全面禁止とした
●4月22日、立教大学で「ブラックバス問題を考える」シンポジウムが開催される。
●秋月岩魚(生物多様性研究会代表、「ブラックバスがメダカを食う」の著者)に対し、バスアングラーを名乗る者から2通の脅迫状が届く事件が発生
●秋田県八郎潟でバス釣り規制の議論
●5月、山梨県河口湖漁協の組合長が、バス釣りの遊漁券を水増し発行、不正に使用したとして辞任
●北海道等ごく一部を除き、全国ほとんどの都府県の漁業調整規則で「外来魚の密放流禁止」が進む
●6月、世界湖沼会議に先駆け、大学生による「外来魚シンポジウム」が琵琶湖で開かれる
●宮城県議会定例議会で「バスのリリース規制」が審議される
●財団法人日本釣振興会は、新潟県が決定した「外来魚の生体再放流禁止」(リリース禁止)措置について、反対の立場から要望書を提出
●9月10日、財団法人日本釣振興会は、増殖義務を含むバス公認釣り場増設100万人署名運動を開始
●9月14日、岩手県盛岡の自営業者が秋田県八郎潟から県内湖沼に10年前からの密放流を告白
●9月17日、青森市西部又八沼で日本固有希少淡水魚で絶滅危惧種のシナイモツゴを救おうと沼の水を抜き、バスを300匹捕獲。数万の単位で生息していたシナイモツゴは千匹に減少。保護する
●11月16日、富山県警はバスを違法放流した会社員(25才)書類送検。(違法放流の現場を通行人が発見し上市署に通報した。摘発者は全国で初めて)
●11月、自民党水産基本政策小委員会に水産庁からバスの「すみわけ」案が提出される。
●12月19日、岩手県内水面漁場管理委員会は翌年3月より1年間の期限付きで始まるバス等のリリース禁止水域を漁業権水域に限ると規制後退を示す
●12月26日、富山県警に爆破するなどと脅迫メールを送った少年が補導される
2001年
●1月、東レが今年3月から有害物質を含むワームの販売に関する規制を前に生分解樹脂ワームの開発に成功したことを発表。現在はコストなどの面でまだ普及に至っていない
●1月29日、琵琶湖とその水系のダム湖で相次いでスモールの生息が確認される。漁獲高9割減のダム湖も県は駆除を指示
●2月9日、日本魚類学会等三学会と生物多様性研究会が、それぞれ公認バス釣り場設定反対の要望書を水産庁に手渡し。同要望書を各県知事・内水面漁場管理委員会会長宛に送る
●2月24日、立教大学で「ブラックバスを考える〜21世紀の水辺環境と釣りのありかた〜」と題した公開討論会が開催される。前年の9月25日に生物多様性研究会から、財団法人日本釣振興会に公開討論会の申し入れがあり、実現したもの
●3月29日、財団法人日本釣振興会が前年9月から行っていた「バス公認釣り場増設100万人署名運動」で集まった署名総て(1,079,409名)を水産庁長官・次長に提出
●3月30日、財団法人日本釣振興会内に設置されていたブラックバス等対策検討委員会が開かれ、正式に名称を「外来魚対策検討委員会」に変更することに決定。バスに限らず、ブルーギルやスモールマウスの検討も早急に行う必要性があったため名称を変更し、今後一層釣りの健全な振興を図るよう活動していくことを決定しました
●5月、同年3月まで計10回、東京水産大学水口ゼミによる「ブラックバス問題のすべて」連続講座がスタート
●7月28日、神奈川県立芦ノ湖キャンプ村にて、「THINIK BASS 芦ノ湖バス会議」が開催。
●9月3日、トーナメント団体宛てに滋賀県農政水産部長から釣り大会における外来魚再放流防止の協力依頼がある
●11月11日、琵琶湖で世界湖沼会議が開かれ、陸水域の環境保全のための意見が交換が交換された
●11月末、メガバス社(伊東由樹社長)ら閉鎖されていた静岡県都田川ダムを開放。(1995年くらいから地元住民とバサ−とのトラブルなどにより閉鎖されていたダムで、長くがメガバス社が県に交渉にあたり、地元のバスクラブや日本野鳥の会支部と協力してなし得た)      
●12月、長野県諏訪湖のバス問題について、信濃毎日新聞で「ブラックバス論争〜波紋広がる諏訪湖〜」記事連載
される。長野県内で大きくバス問題が取り上げられる
2002年
●2月、新生物多様性国家戦略に対するパブリックコメントが募集される。バスなど外来魚問題関連は他の問題を大きく引き離し、   件もの国民の意見が寄せられ、大きな反響を呼んだ。
●2月12日、長野県で外来魚問題の意見交換会開催。この内容を報じた長野朝日放送「ABNステーション」(2月14日)の不当な放送内容に対し、現FB's Societyメンバーで抗議文を送付
●2月17日、島根県平田市でパネルディスカッション「外来魚を考える」が開かれ、同市の太田市長がバスのすみ分けを考慮する考えを示された
●3月、大阪府で今後10年間の本府農林水産行政の展開指針としての新ビジョンを発表し、その中で 「釣りインストラクター」の育成と外来魚専用釣り場の確保を進めていくことを示した
●4月30日、バスを池から追い出したのに、アメリカザリガニが増えて水草がなくなり、逆にトンボなど在来生物が減ってしまったという研究結果が、東京大学院農学生命科学研究科の学院生から報告された。
●6月、「川と湖沼の侵略者ブラックバスーその生物学と生態系への影響-」(日本魚類学会自然保護委員会編、恒星社厚生閣)刊行
●6月17日、滋賀県は琵琶湖で外来魚の「キャッチ・アンド・リリース」を禁止する条例案を、9月の県議会に提案する方針を決めた(条例化してまでリリースを禁止するのは全国的にも異例)。これに対し滋賀県琵琶湖のレジャー利用の適正化に関する条例要綱案に対する意見・情報の募集が行われ、バサーによる膨大な意見書が提出される。
●6月27日、財団法人日本釣振興会がスモールマウスの生息で問題となってる群馬県奥利根湖で、利根漁業協同組合との連携によるスモールマウスバス排除釣り集会を開催。目的はスモールマウスの排除協力、ブラックバス等外来魚の拡散防止のための不法放流禁止の啓発活動
●6月30日、財団法人日本釣振興会と日本バスクラブが「琵琶湖ブラックバスリリース禁止緊急対策会議」を開催。滋賀県の「琵琶湖の外来魚のキャッチ・アンド・リリースを禁止する条例案」対策のため

参考:鹿熊勤(社団法人霞ヶ浦市民協会「第2回タナゴシンポジウム」資料、2002年3月開催)
丸山隆、2002年、「川と湖沼の侵略者ブラックバスーその生物学と生態系への影響-」(p99-125、日本魚類学会自然保護委員会編、恒星社厚生閣) 

年表作成:佐藤 元章(FB's Society)